2026年9月以降、国内企業の不正アクセスと情報漏洩の公表が相次いでいます。その背景にAIがあるのではないか――。こうした見方を裏付ける調査結果が、10月19日に公表されました。
GMOサイバーセキュリティ byイエラエのGMOサイバー犯罪対策センターは、同社ブログで「相次ぐ不正アクセスの攻撃元の多くがAIであることを確認」と題した調査結果を公表しました。日本企業を狙った侵害事案の攻撃元インフラを調べたところ、AIによる自律型ペネトレーションテストシステム「ARTEX」が使われていたというものです。日本経済新聞は、日本向けの攻撃でARTEXの使用が明らかになるのは初めてとみられると報じています。
この記事では、発表の内容を整理したうえで、サイバーセキュリティ総研(CSRI)の立場から、この調査結果が企業にとって何を意味するのか、そして何をすべきかを解説します。
GMOイエラエの調査で何が分かったのか
同社のブログによると、主な調査結果は次の通りです。
- 攻撃元インフラでARTEXの使用を確認:同社は10月14日のブログで、フォレンジックログの分析から、日本での攻撃にもAIが使われた可能性が高いと推定していた。今回、攻撃元インフラの調査でそれを裏付けたとしている。
- 標的は日本企業約20社:調査した攻撃元インフラは日本企業約20社を標的にしており、そのうち9社は同じ業種のサイトだった。
- 8社はすでに情報漏洩を公表:標的となった企業のうち8社は、2026年9〜10月に情報漏洩に関するリリースを出している。同社は、同一の攻撃グループによる犯行で複数の被害が出ていることを示唆している。
- 同様のインフラがほかに6台:日本企業を狙うAI利用の攻撃インフラが別に6台見つかり、それぞれ標的の業種が異なっていた。デジタルギフト・小売流通、教育・ギフト・印刷、ポイントギフト・マーケティング、保険・金融、EC・メディア・物流、ECなど。
- ほぼ日本だけを標的に:同社が観測できた範囲では、これらの攻撃元インフラはほぼ日本のみを狙っていた。国と業種を絞ったキャンペーンごとに、別々の攻撃用ホストを使い分けているとみられる。
同社は、被害防止のため情報を法執行機関に共有したとしています。日本と韓国以外の国も攻撃されているかは調査中です。
ARTEXとは何か――韓国の金融機関への攻撃でも使われたツール
ARTEXは、中国で開発されたオープンソースのAI侵入テストツールです。本来は、セキュリティ担当者が自社システムの弱点を調べる「ペネトレーションテスト」を、AIエージェントに自動で実行させるためのものとされています。
このツールは、2026年9月下旬から韓国の大手銀行などが相次いで被害を受けた攻撃でも使われていました。CrowdStrikeの分析を伝える報道によると、攻撃者はARTEXに加え、Claude Codeなど複数の生成AIを組み合わせて攻撃を進めていたとされます。BleepingComputerによると、ARTEXの開発者は実際の攻撃に使われたことを確認した後、公開を停止して更新もやめました。ただ、コードを流用した派生版が出回っており、ツールは現在も入手できる状態にあるといいます。
→ 韓国の金融機関を狙ったサイバー攻撃、中国広東省在住の26歳か Claude Codeで作成した履歴書が手掛かりに
防御のために作られたツールが、そのまま攻撃に転用される。この構図自体は、これまでもスキャナーや侵入テスト用のフレームワークで繰り返されてきました。今回の違いは、「何を調べ、次に何を試すか」という判断までAIが担う点にあります。
CSRIの見方① 「AIだから特別な手口」ではない。速さと量が変わった
「AIによる攻撃」と聞くと、まったく新しい未知の手口を想像しがちです。しかし、現時点で公開されている国内の観測結果を見る限り、使われている手法の多くは従来と変わりません。
WAF「Scutum」を提供するビットフォレストは10月14日、AIエージェントによるものとみられる攻撃を国内サイトで観測したと公表しました。1つのIPアドレスが約8時間で約1万2,450件のリクエストを送り、偵察、既知の脆弱性を狙う攻撃、ログインの総当たりを段階的に進めていました。狙われたのは、管理画面、.gitや.env、WordPress、広く使われる製品の既知の脆弱性など、典型的な入口ばかりです。
→ AIエージェントによるとみられる攻撃を国内サイトで観測――約8時間で1万2千件超、偵察から総当たりまで段階的に
変わったのは、攻撃の速さと量、そして「人手のかからなさ」です。従来は熟練した攻撃者が何日もかけて行っていた偵察と試行錯誤を、AIが短時間で、休まず、複数の標的に並行して実行できるようになりました。その結果、「わざわざ狙われるほどの会社ではない」と考えられてきた中小規模の組織にも、同じ水準の攻撃が届くようになっています。
CSRIの見方② 同業他社の被害公表は、自社への「予兆」として読む
今回の調査で特に注目すべきなのは、攻撃が業種ごとのキャンペーンとして行われていた点です。1つのインフラが狙った約20社のうち9社は同じ業種で、ほかの6台もそれぞれ特定の業種に絞り込まれていました。
同じ業種の企業は、似たパッケージ製品、似たECプラットフォーム、似た会員管理の仕組みを使っていることが少なくありません。ある企業で通用した手口は、同業他社でもそのまま通用する可能性があります。攻撃者がAIに「この業種の企業を順に試す」と指示すれば、それを自動で繰り返せるわけです。
つまり、同業他社が不正アクセスを公表したら、それは「他社の事故」ではなく「自社が次の候補リストに載っているかもしれない」という合図として受け止めるべきです。公表資料に書かれた侵入経路や対象システムの情報は、自社で同じ構成がないかを点検する手がかりになります。業界のISACや同業者のネットワークで情報を共有する意味も、これまで以上に大きくなっています。
CSRIの見方③ 「パッチまでの猶予」は、ほぼなくなった
脆弱性が公表されてから、実際に悪用されるまでの時間は年々短くなってきました。AIエージェントが既知の脆弱性を自動で探して試すようになれば、この時間はさらに縮みます。インターネットに公開しているサーバーや機器で、「次の定期メンテナンスで更新すればよい」という運用は、もはや成り立たなくなりつつあります。
一方で、守る側にとっての希望もあります。AIによる攻撃は、人間の攻撃者に比べて大量の、機械的なアクセスを残しやすいという特徴があります。短時間に集中するリクエスト、次々に切り替わるUser-Agent、既知の攻撃パターンの連続など、監視の仕組みさえあれば検知の手がかりは残ります。問題は、それを見ている仕組みと人がいるかどうかです。
現時点で分かっていないこと
今回の発表を受け止めるうえで、まだ明らかになっていない点も押さえておく必要があります。
- どの企業が標的になったか:同社は、標的となった約20社や、情報漏洩を公表済みの8社の名前を明らかにしていません。報道されている個別の事案が該当するかどうかを、推測で結び付けることは避けるべきです。
- 具体的な侵入手順:攻撃サーバーの構成、使われたAIモデル、WAFを回避した手口などの詳細は、一般には公開されていません。
- 攻撃者の特定:韓国の事案との関連や、同一グループによる犯行かどうかは、同社自身も「推察」「示唆」にとどめています。あくまで同社が観測できた範囲の結果です。
また、相次ぐ情報漏洩のすべてがAIによる攻撃だというわけではありません。委託先のマルウェア感染、フィッシング、クラウド基盤へのランサムウェア攻撃など、原因は事案ごとに異なります。「AI」という言葉だけが独り歩きしないよう、個別の公表内容を確認することが大切です。
企業が今すぐ取るべき5つの備え
AIによる攻撃だからといって、特別な製品を新たに導入しなければならないわけではありません。むしろ、これまで「いつかやろう」と後回しにしてきた基本を、AIのスピードに合わせて前倒しすることが求められています。
1. 外部から見える自社の「入口」を棚卸しする
公開中のWebサイト、管理画面、VPN装置、API、テスト環境、使われなくなったサブドメインなどを洗い出します。攻撃者のAIが真っ先に探すのはここです。自社で把握していない入口は、守りようがありません。
2. 公開システムの既知の脆弱性を、最優先で塞ぐ
インターネットに面したサーバー、VPN装置、CMSとプラグインは、修正版が出たら日単位で適用する運用に切り替えます。すぐに更新できない場合は、アクセス元の制限などの暫定策を取ります。
3. ログイン画面と管理機能を守る
管理者アカウントには多要素認証を必須にし、ログイン試行の回数制限やアクセス元の制限を設定します。今回の国内の観測でも、ログイン画面への総当たりは攻撃の定番の段階の一つでした。
4. 「大量・高速」を検知できる監視を用意する
WAFやログ監視で、短時間の大量アクセス、会員情報の大量照会、通常と異なるデータの持ち出しを検知・遮断できるようにします。自社で24時間見るのが難しければ、MDRなどの外部の監視サービスを活用する選択肢もあります。
5. 被害が疑われたときの相談先を決めておく
IPAは10月16日、被害が疑われる段階でも相談できる「不正アクセス特別相談窓口」を開設しました。社内の連絡体制とあわせて、外部の相談先を事前に確認しておくと、初動の遅れを防げます。
→ IPAが「不正アクセス特別相談窓口」を開設、不正アクセスによる情報漏えいの初動対応を支援
情報漏洩ラッシュを受けて企業が見直すべき対策の全体像は、こちらのコラムでも整理しています。
→ 情報漏洩ラッシュで企業が今すぐ見直すべき7つのセキュリティ対策
よくある質問
Q. 「AIが攻撃している」とは、AIが自分の意思で攻撃しているということですか?
いいえ。攻撃を企て、標的を選び、AIツールに指示を出しているのは人間の攻撃者です。AIは、偵察、脆弱性の確認、攻撃の試行といった作業を自動で、高速に実行する「道具」として使われています。人間1人でも、AIを使えば多数の標的を同時に攻撃できるようになった点が問題です。
Q. AIによる攻撃を防ぐには、AIを使った防御製品が必要ですか?
必ずしも必要ではありません。現時点で観測されている攻撃の多くは、既知の脆弱性、設定の不備、弱い認証といった従来からの弱点を狙っています。まずはそれらを塞ぐことが最も効果的です。そのうえで、大量・高速なアクセスを検知する監視の仕組みを整えることが重要です。
Q. 中小企業も標的になりますか?
なります。AIによって攻撃の手間が大きく下がったため、攻撃者は企業規模を問わず、弱点のある組織を片端から狙えるようになりました。今回の調査でも、攻撃は特定の大企業ではなく、業種単位で複数の企業に向けられていました。
まとめ:チェックリスト
- 外部に公開しているWebサイト・管理画面・VPN装置・APIを一覧にしているか
- インターネットに面したシステムの修正版を、日単位で適用できる体制があるか
- 管理者アカウントに多要素認証を設定し、ログイン試行を制限しているか
- 短時間の大量アクセスや会員情報の大量照会を検知・遮断できるか
- 同業他社の被害公表を、自社の点検のきっかけとして社内で共有しているか
- 被害が疑われたときの社内連絡体制と、外部の相談先を決めているか
AIは攻撃者だけの道具ではありません。防御側も、脆弱性診断やログ分析にAIを活用し始めています。ただ、どれだけ道具が進化しても、「自社の入口を把握し、塞ぎ、見張る」という基本は変わりません。AIのスピードに追い付くために、まずはその基本を今週中に一つでも前に進めることから始めてください。
参照:GMOサイバーセキュリティ byイエラエ「相次ぐ不正アクセスの攻撃元の多くがAIであることを確認」(2026年10月19日) / 日本経済新聞 / ビジネス+IT / BleepingComputer