刑事デジタル法とは?クラウド・ログが対象になる企業の備えとセキュリティ実務

捜査機関と裁判所の間での「令状請求」や「証拠提出」が、紙から電子へと変わろうとしています。こうした動きは「刑事デジタル法」とも呼ばれ、刑事手続の効率化と迅速化を目的に進められてきました。

一方で、電磁的記録提供命令などの新制度では、企業のクラウドデータが対象となる可能性もあり、情報漏えいやプライバシー侵害のリスクも議論の的となっています。制度が整備される一方で、その運用やセキュリティ面には課題も残されているのが現状です。

そこで本記事では、刑事デジタル法に含まれる制度の要点と、それがもたらす影響、実務上の備え方について、初めての方にもわかりやすく整理して解説します。

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刑事デジタル法とは

刑事デジタル法とは、刑事訴訟手続のIT化を進める一連の法制度の総称で、正式な法名ではありません。令状請求や調書の電子化、遠隔での出廷、公判手続のビデオリンク化など、手続の迅速化・効率化を目的とした改正が段階的に行われています。

特に注目されているのが、以下のような項目です。

  • 逮捕状・捜索差押令状などの「電子令状化」
  • クラウド事業者等に対する「電磁的記録提供命令」制度
  • 公判調書・供述調書・証拠資料の「電子化」
  • 公判の「ビデオリンク方式」や「遠隔出廷」

これにより、捜査機関や裁判所の業務効率は大きく改善される一方で、技術的・制度的な不安や、企業・市民のプライバシーとのバランスが課題とされています。

出典:法務省「刑事手続における情報通信技術の活用に関する検討会」

電磁的記録提供命令制度の概要とリスク

電磁的記録提供命令制度は、刑事手続のIT化を進める「刑事デジタル法」に含まれる新たな制度のひとつであり、令状に基づいてクラウド事業者や通信事業者が保有する電磁的記録(ログ、アクセス履歴、ファイル等)を捜査機関に提供させる仕組みです。

以下のような特徴があります。

  • 対象データ:通信記録、クラウド保存データ、ログ、メタデータなど
  • 対象者:主に通信事業者・クラウドサービス提供者
  • 罰則:正当な理由なく命令に応じなかった場合の制裁あり
  • 秘密保持命令:対象者に情報漏洩を禁止する命令も併用される

これにより、企業が保有するクラウド上のデータが「第三者に気づかれない形で」捜査に使われる可能性もあり、プライバシーや営業秘密の過剰収集リスクが懸念されています。

日本弁護士連合会やIT業界団体などからは、令状の濫用やデータの広範囲な押収に対する慎重な運用を求める意見書も出されています。

出典:法務省「デジタル化の推進に向けた刑事手続の整備等に関する検討会報告書

出典:日本弁護士連合会

電子化された手続におけるセキュリティ要件

電子令状や記録提供命令の運用を支えるためには、捜査機関・裁判所・事業者側のシステムが一定のセキュリティ要件を満たす必要があります。

政府資料等では、以下のような要件が挙げられています。

  • アクセス権限の分離・制御
  • 通信および保管中のデータの暗号化
  • 操作ログ・アクセスログの取得・保全
  • ログ改ざん防止・長期保存対応

また、情報漏えいや不正アクセスに対するインシデント対応体制(CSIRTなど)の整備も求められる方向にあります。

今後、クラウド事業者や大規模な情報を扱う企業は、刑事手続IT化の運用に対応できる体制整備を求められる場面が増えることが想定されます。

出典:法務省「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」

刑事デジタル法対応として企業が備えるべきポイント

刑事手続のIT化が進む中で、通信事業者やクラウドサービス提供者、さらには企業の情報システム部門・法務部門も、一定のセキュリティ・法的対応体制を整えておくことが重要です。ここでは、具体的に備えておくべき対策を3つに整理してご紹介します。

刑事デジタル法に対応するための対策

データ保全・提供に関する社内ルールの整備

電磁的記録提供命令の対象となる企業は、提供データの範囲・社内での確認手続き・管理職の関与・秘密保持義務などについて、事前にルールを明文化しておくことが必要です。

特に、誤って過剰な情報を提供してしまうと、営業秘密や個人情報の漏洩リスクが生じるため、最低限の範囲で迅速かつ適切に応じるためのフロー設計が求められます。

実施手順

  1. 対象となる電磁的記録の種類と保存場所を整理する
  2. 対応責任者・社内連絡体制を文書化する
  3. 秘密保持義務と罰則の説明を含めた運用ガイドラインを整備する

セキュリティ体制の強化とログ管理

提供命令に対応するには、対象となるデータが確実に取得できるよう、日頃からログの取得・保管体制を整備しておく必要があります。

また、社内不正や外部からの侵入による改ざんを防ぐためにも、アクセスログの可視化と改ざん検知機能の導入が効果的です。

実施手順

  1. クラウドサービス・社内システムのログ保存設定を確認する
  2. SIEMやEDR等の監視ツールを導入し、ログを一元管理する
  3. 改ざん検知や長期保存(3年以上)への対応方針を整備する

対応体制・相談先の明確化

実際に捜査機関から照会があった際、現場担当者だけで判断することは困難です。初動での対応誤りを防ぐには、対応体制・外部相談先をあらかじめ明確にしておくことが重要です。

とくにログ改ざん・データ改変・二次漏えいなどが疑われる場合には、フォレンジック調査の専門会社に相談することで、被害範囲や提供データの正当性を客観的に証明する支援が得られます。

実施手順

  1. 社内の法務部・CSIRTを中心とした対応フローを明文化
  2. 弁護士・外部調査会社の連絡先と契約状況を定期的に確認
  3. 社内啓発(事例共有・対応訓練)を実施し、意識を高める

サイバーセキュリティの専門業者に相談する

刑事デジタル法における情報提供は、単なる技術的作業ではなく、企業の信用や法的責任に関わる重要なプロセスです。

誤った提供や過剰な情報開示があれば、顧客や取引先の信頼を損なうリスクがあります。さらに、操作ログやアクセス履歴といったデータは時間の経過とともに失われやすく、適切な保全が不可欠です。

とくに提供対象となるデータに対して、客観的な調査・証拠保全を求められるケースでは、民間のフォレンジック調査会社による対応が有効です

ログの真正性や改ざんの有無、アクセスの痕跡などを専門的な手法で分析・記録されることで、後の説明責任や法的正当性の裏付けにもつながります。

万が一に備えて、あらかじめ信頼できるフォレンジック調査会社を確保し、緊急時にすぐ相談できる体制を整えておくことが、情報管理リスクを最小限に抑える鍵となります。

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