サイバー攻撃を完全に防ぐことが難しくなっている現在、企業に問われるのは「侵入を防げたか」だけではありません。
攻撃を受けた後、どれだけ早く被害を抑え、事業を通常状態へ戻せるか。
2026年7月にサイバー攻撃を受けたニチレイは、障害発生当日にシステムの遮断措置を講じ、その4日後には影響を受けた業務を順次再開。発生から11日後には全拠点を通常稼働へ移行しました。
その後にサイバーセキュリティ総研が実施したアンケートでは、「概ね適切だった」「初動が早く誠実な対応で好感を感じた」という肯定的な回答が過半数を占めました。
さらに、サイバー攻撃への警戒から一時8%超下落したニチレイ株も、具体的な業務再開日が示されると反発。実際に業務が再開された7月17日には、攻撃発生前の株価水準まで回復しています。市場報道でも、業務再開の見通しや実際の再開が買い材料として指摘されました。
同じ質問・同じ選択肢で実施したアサヒグループホールディングスのアンケートとの違いを重ねると、サイバーインシデント発生後の企業評価において、「復旧までの時間」と「いつ戻るのかを示すこと」が重要な意味を持つ可能性が見えてきます。
ニチレイ、障害発生から11日で全拠点を通常稼働へ
ニチレイでは2026年7月13日、不正アクセスによるシステム障害が発生しました。
影響を受けたのは、ニチレイロジグループ各社の冷蔵倉庫における入出庫業務や、ニチレイフーズの冷凍食品出荷業務です。発生当日の第1報では復旧時期について「改めてお知らせする」としていました。
同社は発生当日に緊急対策本部を立ち上げ、顧客や取引先の個人情報、顧客データなどの保護を優先してグループで使用するシステムの遮断措置を実施しました。
7月15日には、調査の結果としてサーバーがサイバー攻撃を受けたことを確認したと公表。同時に、外部のセキュリティ専門会社と安全対策を講じたうえで、「7月17日より順次、業務を開始する予定」と、具体的な再開時期を明らかにしました。
そして7月17日には、受発注を一部制限しながら冷蔵倉庫や食品工場を部分稼働させ、影響を受けた業務を予定通り順次再開。
この時点で、次の目標として「来週中」をめどに全拠点を通常稼働へ移行する方針も示しました。
7月22日には「今週中に全拠点が通常稼働に移行する予定」と改めて発表。
7月24日には受発注制限を解除し、サイバー攻撃の影響を受けていた入出庫業務、冷凍食品出荷業務について、全拠点で平常時の通常稼働へ移行しました。
障害が発生した7月13日から数えると11日です。
ニチレイの復旧過程を時系列で並べると、
7月13日 障害発生、システム遮断・緊急対策本部設置
7月15日 サイバー攻撃を確認、17日からの業務再開予定を公表
7月17日 影響を受けた業務を順次再開
7月22日 週内の全拠点通常稼働を予告
7月24日 全拠点で通常稼働へ移行
となります。
単に「復旧を進めている」と発表しただけではなく、次の復旧目標を具体的に示し、その予定に沿って実際に業務を戻していったことが特徴的です。
アンケートでは肯定評価が過半数
サイバーセキュリティ総研が8月21日に実施したニチレイのインシデント初動対応についてのアンケートには、91票の回答が集まりました。
質問は、
「ニチレイでサイバー攻撃被害がありましたが、インシデント初動対応について、どのような印象を持っていますか?」
というものです。
結果は、
- まだこれからの対応次第だと思う:25.3%
- 対応が不十分・残念に感じた:23.1%
- 概ね適切だったと思う:28.6%
- 初動が早く誠実な対応で好感を感じた:23.1%
でした。
最多は「概ね適切だったと思う」の28.6%。
これに「初動が早く誠実な対応で好感を感じた」の23.1%を加えると、表示された割合の単純合計では51.7%となります。
91票の実票数で見ると、肯定的な2項目は26票と21票の計47票で、全体の約51.6%、つまり過半数です。
なお、このアンケートが実施された8月21日は、障害発生から39日後、全拠点の通常稼働移行から28日後です。
さらにニチレイは8月14日、サイバー攻撃を受けたサーバーに保管されていた一部の従業員情報について、漏えいのおそれがあることも公表しています。
したがって今回のアンケートは、「攻撃直後の初動だけ」を評価したものではなく、通常稼働への復旧と、その後に判明した情報まである程度確認できる段階での評価だったと考える必要があります。
それでも回答者の過半数が初動対応を肯定的に評価した点は注目されます。
株価は8.2%急落、その翌日から反発
復旧過程と合わせて見ると、ニチレイの株価にも興味深い動きがありました。
障害発生直前の最終取引日となった7月10日の終値は2,134円。
障害が発生した7月13日は2,111.5円、翌14日は2,112.5円でした。
7月15日には終値1,940円まで下落し、前日比8.2%安。出来高も672万株を超えました。
しかし、同日ニチレイが「7月17日から順次業務を再開する」との具体的な予定を公表すると、翌16日の株価は4.5%高の2,026.5円へ反発。
市場報道でも、再開予定の発表を受けて買いが優勢になったと伝えられました。
さらに、実際に業務再開を始めた7月17日には5.4%高の2,135.5円まで上昇。
株探は、冷蔵倉庫の入出庫業務を再開したことが「好材料視された」と報じています。
7月17日の終値2,135.5円は、障害発生直前の7月10日の終値2,134円をわずかに上回る水準です。
そして全拠点の通常稼働移行を発表した7月24日の終値は2,150円でした。
株価の流れを整理すると、
7月10日 2,134円 障害発生前の最終取引日
7月15日 1,940円 -8.2%
7月16日 2,026.5円 +4.5%
7月17日 2,135.5円 +5.4%、業務を順次再開
7月24日 2,150円 全拠点が通常稼働へ
となります。
7月15日の急落からわずか2営業日で、終値は障害発生前の水準まで戻ったことになります。
もちろん、株価はサイバーインシデント対応だけで決まるわけではありません。
市場全体の動向、業績見通し、需給などさまざまな要因が影響するため、「早く復旧したから株価が戻った」と因果関係を断定することはできません。
一方で、業務再開予定が示された翌日に株価が反発し、実際の再開日にさらに上昇したこと、そして複数の市場報道が業務再開を株価上昇の材料として指摘していることは事実です。
少なくとも市場にとって、「いつ業務が戻るのか」という見通しが重要な情報だったことはうかがえます。
同じ質問をしたアサヒでは「まだこれから」が40.6%

ここで比較したいのが、2025年9月にサイバー攻撃を受けたアサヒグループホールディングスです。
サイバーセキュリティ総研では2025年10月14日、アサヒグループのインシデント初動対応について、ニチレイと同じ質問形式、同じ4つの回答選択肢でアンケートを実施しています。
409票が集まり、結果は、
- まだこれからの対応次第だと思う:40.6%
- 対応が不十分・残念に感じた:28.1%
- 概ね適切だったと思う:21.0%
- 初動が早く誠実な対応で好感を感じた:10.3%
でした。
「概ね適切だった」と「好感を感じた」を合計した肯定的評価は31.3%です。
ニチレイでは肯定的回答が約51.6%だったため、約20ポイントの差があります。
さらに目立つのが「まだこれからの対応次第だと思う」という回答です。
アサヒグループでは40.6%だったのに対し、ニチレイでは25.3%。
アサヒについては、回答者の4割以上が「現時点ではまだ評価を決めにくい」という姿勢を示していました。
ただし、両アンケートは「実施時点」が大きく違う
この比較で最も注意しなければならないのが、アンケートの実施タイミングです。
アサヒグループでサイバー攻撃によるシステム障害が発生したのは2025年9月29日。アンケートは10月14日に実施されており、発生から15日後でした。
これに対しニチレイでは、7月13日の障害発生から39日後となる8月21日にアンケートが行われています。
しかもニチレイはアンケートの28日前に、全拠点の通常稼働への移行を完了していました。
つまり、
アサヒは復旧途上で評価された
のに対し、
ニチレイは通常稼働まで戻った実績を確認できた後に評価された
という大きな違いがあります。
そのため、アンケート結果だけを見て、
「ニチレイの初動対応そのものがアサヒより優れていた」
と断定することはできません。
むしろ今回の比較から注目したいのは、復旧が実際に進み、その結果が見えた段階では評価がどう変わるのかという点です。
アサヒも初動や部分復旧が遅かったわけではない
もう一つ重要なのは、アサヒグループが何も対応できていなかったわけではないことです。
後に同社が公表した調査結果によると、2025年9月29日午前7時ごろにシステム障害を確認し、同日午前11時ごろには被害を最小限にとどめるためネットワークを遮断、データセンターを隔離しています。
つまり技術的な初動そのものについて、単純に「ニチレイのほうが速かった」と評価することはできません。
事業面でも部分的な復旧は進んでいました。
アサヒビールは10月2日から全国6工場で製造を再開し、「スーパードライ」の一部出荷も再開。10月6日時点では、さらに出荷品種を順次拡大していく方針を示していました。
一方で、アンケートが実施された10月14日の段階では、国内グループ各社でシステムによる受注・出荷業務は引き続き停止していました。
商品の供給を優先するため手作業による受注・出荷を部分的に進めていたものの、システム全体の復旧時期については「現時点では明らかにできない」としており、システム障害の影響から第3四半期決算の発表も延期しています。
ここに、ニチレイとの重要な違いが見えます。
比較すべきなのは「攻撃を受けてすぐ遮断したか」という意味での初動よりも、事業を通常状態に戻すまでの道筋を、どれだけ早く具体化できたかなのかもしれません。
「いつ戻るか」が見えるニチレイ、見えにくかったアサヒ
ニチレイでは7月15日の時点で、
「7月17日から順次業務を再開する」
という具体的な日付を示しました。
17日には予定通り再開し、今度は、
「来週中に全拠点の通常稼働を目指す」
と、次の目標を公表しました。
22日には「今週中に全拠点が通常稼働へ移行する予定」とし、24日には実際に通常稼働へ戻しています。
外部のステークホルダーから見ても、
何が起きたのか
↓
いつ一部再開するのか
↓
いつ全面的に戻るのか
↓
実際に通常稼働へ戻った
という流れを追うことができました。
一方、アサヒグループでは部分的な生産・出荷再開は進めていたものの、アンケート実施時点でも基幹システム全体の復旧時期は示せない状態でした。
アンケートで「まだこれからの対応次第」という回答がアサヒ40.6%、ニチレイ25.3%となった背景には、こうした復旧の進捗と見通しの違いが影響した可能性も考えられます。
ただしアンケートでは回答理由そのものを尋ねていないため、復旧スピードが回答差の直接的な原因だったと断定することはできません。
株価にも違い アサヒはアンケート時点で攻撃前を約5%下回る
株価の動きにも違いがあります。
アサヒグループのサイバー攻撃発生直前となる2025年9月26日の終値は1,839円でした。
攻撃発生日の9月29日は1,782.5円で、前営業日比3.1%安。
その後10月3日には1,709.5円まで下落しました。
アンケート実施日の10月14日の終値は1,740円で、攻撃発生前の9月26日と比べると約5.4%低い水準でした。
一方のニチレイは、7月15日に1,940円まで急落した後、業務再開の見通しを示した翌16日に反発し、実際に業務を再開した17日には2,135.5円まで上昇。攻撃直前の最終取引日である7月10日の2,134円を回復しています。
もちろん、この株価差をそのまま両社のインシデント対応力の差とみなすことはできません。
両社では業種、事業構造、被害範囲、市場環境、投資家が注目する業績要因が異なります。
株価にはサイバー攻撃以外にも数多くの材料が影響します。
それでもニチレイについては、業務再開の予定公表と実際の再開が市場で明確に材料視されたことが確認されています。
「復旧の見通しを示すこと」が、事業継続への不透明感を和らげる情報になった可能性は十分に考えられます。
評価されたのは「攻撃されなかったこと」ではない
ニチレイも、サイバー攻撃を防げたわけではありません。
システム障害によって冷蔵倉庫の入出庫や冷凍食品の出荷に影響が発生しました。
また、その後の調査では、被害を受けたサーバーに保存されていた一部従業員情報について、漏えいのおそれがあることも明らかになりました。
それにもかかわらず、8月21日のアンケートでは初動対応への肯定的回答が過半数を占めました。
ここから考えられるのは、サイバーインシデント発生後の企業評価が、
「侵入されたか、されなかったか」だけで決まるわけではない
ということです。
攻撃が発生した後、
どれだけ早く被害拡大を防ぐか。
どれだけ早く重要業務を再開するか。
いつ通常状態に戻れるかという見通しを示せるか。
示した予定に沿って実際に復旧できるか。
新たに判明した事実を継続して公表するか。
こうしたインシデント対応全体も、企業に対する信頼を左右する要素になっていると考えられます。
サイバーセキュリティで問われる「復旧力」
企業のサイバーセキュリティというと、これまでは「攻撃を防ぐ」ことに注目が集まりがちでした。
しかし、攻撃手法が高度化し、サプライチェーンやネットワークが複雑化する中で、すべての侵入を完全に防ぐことだけを前提とするのは現実的ではありません。
そこで重要になるのが、攻撃を受けても事業への影響を抑え、早期に正常な状態へ戻すサイバーレジリエンス、いわば「復旧力」です。
ニチレイでは、障害発生当日に遮断措置と緊急対策本部の設置を行い、4日後には業務を順次再開。
そして11日後には全拠点を通常稼働へ戻しました。
その過程では、再開の具体的な日程を公表した直後から株価が反発し、市場でも復旧見通しが材料視されました。
さらに、復旧後に行われたアンケートでは、初動対応を肯定的に受け止めた回答が過半数を占めています。
これだけで因果関係を証明することはできません。
また、アサヒグループとのアンケートには実施タイミングの違いがあり、単純な企業間評価には適しません。
それでも今回のケースは、サイバーインシデント発生時にステークホルダーが注目するのは「攻撃を受けた」という事実だけではないことを示唆しています。
いつ事業を再開できるのか。
いつ通常状態へ戻れるのか。
そして、本当にその予定通り戻れるのか。
攻撃後の不確実な時間をどれだけ短くできるかが、企業に対する安心感を左右する。
ニチレイの11日間の復旧プロセスと、その後のアンケート、株価の推移を重ね合わせると、サイバー攻撃を受けた企業にとって、「復旧までの時間」そのものが企業価値と信頼を守る重要な要素になっている可能性が見えてきます。
サイバー攻撃を受けたとき、問われるのは「侵入されたか」だけではありません。
「何日で事業を戻せるか」。
今回のニチレイの事例は、サイバーセキュリティにおける「復旧力」の重要性を改めて考える材料になりそうです。